About KOTARO

若松美紀 Wakamatsu Miki

大学の卒業式で着た袴姿を見て
初めて着物が美しいと感じました。
それをキッカケに着付けを習い始め仕事にしたいと思い和裁学校へ入学しました。
私が着物に感動したようにみなさまにも感動が与えられるようになりたいと思っています。

2007年 岐阜大学工学部社会基盤工学科卒業
機械設計会社へ入社(翌年退社)
     岐阜市にある装賀着物学園にて着付けを習い始める
2008年 東亜和裁士育成学院入学
     職業訓練生として入学(入社)し、卒業までの3年間で約600枚を仕立てました。
     装賀着物学園上級着装士合格
2009年 東京商工会議所主催和裁検定2級合格
2010年 国家検定和裁技能士2級合格
2011年 和裁学校卒業・独立・結婚
2013年 職業訓練指導員(和裁科)合格
2021年 名古屋文化短期大学非常勤講師

KOTAROの由来

飛騨に伝わる伝説のひとつ。
「力持ち小太郎伝説」
大火にあい川を遡った仁王像を小太郎が一人で引き上げ供養した。
そして、怪力を授かった。
という伝説。
その小太郎の直系が私であり
うちのご先祖様だと言い伝えられています。
そこで、
着物への覚悟をこの名前に込めました。

KOTAROブランドストーリー

「和裁」を知るキッカケとなったのは、大学の卒業式でした。
自分の袴姿を見て、初めて「綺麗」だと感動したことが始まりです。

「着物は太って見えるし、着ていても苦しい。
着物を着ていると、周りの人から見られて、恥ずかしい。」

そんな意識の私の運命を変えたのは、
当時70歳を超えていた、着付けの先生でした。

そこにあったのは、人生楽しいことだけじゃなく
嫌な思いも、苦しいことも経験してきたことが滲み出ている
美しく、綺麗な、人間味のある、着物姿の先生。

それまでの私は、
自分の好きなこと何なのかもわからず
物事に対して真剣に考え抜いたこともない
子供のままの未熟な生き方をしてきたこともあり

先生との出会いは
「私が私の人生を生きていく覚悟」をさせられるほどの大きな物でした。

そんな意識の私の運命を変えたのは、
当時70歳を超えていた、着付けの先生でした。

そこにあったのは、人生楽しいことだけじゃなく
嫌な思いも、苦しいことも経験してきたことが滲み出ている
美しく、綺麗な、人間味のある、着物姿の先生。

それまでの私は、
自分の好きなこと何なのかもわからず
物事に対して真剣に考え抜いたこともない
子供のままの未熟な生き方をしてきたこともあり

先生との出会いは
「私が私の人生を生きていく覚悟」をさせられるほどの大きな物でした。

そんな意識の私の運命を変えたのは、
当時70歳を超えていた、着付けの先生でした。

そこにあったのは、人生楽しいことだけじゃなく
嫌な思いも、苦しいことも経験してきたことが滲み出ている
美しく、綺麗な、人間味のある、着物姿の先生。

それまでの私は、
自分の好きなこと何なのかもわからず
物事に対して真剣に考え抜いたこともない
子供のままの未熟な生き方をしてきたこともあり

先生との出会いは
「私が私の人生を生きていく覚悟」をさせられるほどの大きな物でした。


「先生のように生きられたら、私の人生も変わるかもしれない」

大学卒業後、一度、一般企業へと就職をしました。
でも、あの袴姿の感動が忘れられず
「心から好きだと思えることで生きていきたい」
思い切って退職する決意をしました。

それから10年。

「和裁」という言葉すら知らなかった私は
和裁学校を首席で卒業し、プロの和裁技能士となり
卒業後、創業100年を超える呉服屋さんからお仕事をいただいたり
富裕層の方を顧客にもつ呉服屋さんからお仕事をいただくこともできるようになりました。

今ではプロとしてお仕事をさせていただいていますが
「着物で生きていくんだ」という決意をしてからの、始めの2年は
暗闇の中をもがくような、息をするのも苦しい毎日でした。
寝る間も惜しんで、縫い続ける、孤独との戦い…

「会社員を辞めて、着物に決めたのは正解だったのか…」

それでも、「3年で卒業し、独立すること」という目標を掲げていた私は
誰よりも縫い、誰よりも新しいことに挑戦しました。

目標を見失うことなく、貫き通せたことは
精神面をも成長させることができた、大切な経験になっています。

和裁修業時代に仕立てた枚数は、3年間で約600枚。

1か月で仕立てる枚数は平均16枚

2日で1枚仕立てるのが当然とさせている世界で
そのスピードを落とすことなく、新しいことも覚えなくてはなりません。

女物、男物、長襦袢から着物、羽織、コート、帯
特殊物と呼ばれる「綿入れ」「子供物」「特殊衿コート」「袴」
巾広くした手を学べたことは、私の宝物です。

そして卒業後、自分の結婚式に着る白無垢を、自分で仕立てることもできました。
しかし、和裁の技術習得と技術向上だけで終わらせる人生ではもったいない。
私が着物を通して伝えたい世界は、まだまだ先にあります。

現在80歳を超えている着付けの先生が、まだ30代だった頃
今から約50年前、着付けを習うためだけに、岐阜から京都まで
何時間もかけて通っていたというエピソードがあります。

「そこに行けば何か新しい発見があるかもしれない」
「そこに行けば本物を学ぶことができる」
「そこに行くことを想像するだけでワクワクする」

そんな気持ちを原動力に、私の着付けの先生は遠くても
学びに通っていたのではないかと想像します。
私も「新しい発見」「本物を学ぶこと」「ワクワク」
この3つの気持ちが動いたときは、たまらなく楽しいです。
そして、私が仕立てた着物を見て、何か発見しているお客様の顔
私の和裁教室で、楽しそうに自分の仕立てた着物を見ている生徒さんの顔

私以外の人のキラキラした顔を見るのも、大好きなんです。

私が先生の精神性に惹かれ、感銘を受け、着物を通して人生を学ぼうとした決意。
そこから、私は自分の好きなことが何かを見つけることが出来ました。

そして私の“楽しい”を共有すると、周りの人も“楽しい”のだということに気付くことができました。

まさに、人生を楽しむことの大切さを着物から学んだのです。

私が伝えるビジョン
「着物を通じて、世界中を“楽しい”でいっぱいにする」
の実現のために、また一歩、進んでいきたいと思っています。


2019年5月22日 若松美紀